治療院みはら

吉田流あん摩術の歴史

手で触れて整える技は、どこから来たのか。あん摩の歴史と、治療院みはらが受け継ぐ吉田流について記します。

あん摩の施術

あん摩とは、どこから来た技ですか

あん摩の源流は、古代中国の導引・按蹻(あんきょう)と呼ばれる手技にさかのぼります。これが日本へ伝わり、暮らしと身体観のなかで独自に育ってきました。

江戸時代には、あん摩は専門の職能として広まります。とくに、目の不自由な人々が手の感覚を頼りに身につける技として受け継がれ、触覚を通じてからだを読むという、日本ならではの手技文化が形づくられていきました。頭で理解するより先に、手が状態を感じ取る。あん摩は、その身体知のひとつの結晶です。

あん摩・指圧・マッサージは何が違いますか

同じ「手で触れる」技でも、生まれた背景と手の運び方が異なります。

手技源流手の運び特徴
あん摩中国・導引按蹻中心から末端へ「押す・揉む」衣服の上から行うことが多い
指圧日本で体系化一点を「圧す」持続的な圧で深部に届かせる
マッサージ西洋(ヨーロッパ)末端から中心へ「さする」直接肌に、油などを用いる

国家資格「あん摩マッサージ指圧師」は、この三つを修めた者に与えられます。治療院みはらでは、その方のからだと状態に合わせて、三つの手の運びを使い分けています。

吉田流あん摩術とは、どのような流派ですか

吉田流あん摩術は、江戸時代後期に初代・吉田久庵によって大成された、日本の伝統的なあん摩術の一系譜です。

その源流には、杉山和一によって体系化された杉山流(鍼術・導引・按摩)の流れがあります。杉山流は、江戸時代に視覚障害者の鍼・按摩の教育と職能を支えた大きな流れでした。初代・吉田久庵は、杉山流の系譜を受けた石坂宗哲に師事し、さらに長崎で蘭方医学に触れ、鍼灸・導引・按摩を研究したと伝えられます。つまり吉田流は、杉山流と対立するだけの別流ではなく、杉山流・石坂系譜を受け継ぎながら、晴眼者による専門のあん摩として独自に発展した流派です。

吉田久庵の系譜は、どのように受け継がれましたか

初代・吉田久庵(1803〜1856)は、享和3年(1803年)、武蔵国北埼玉郡(現在の埼玉県)の農家に生まれました。郷里で医学を学んだのち、長崎で蘭方医学に触れ、江戸に戻って幕府奥医師・石坂宗哲に師事します。天保3年(1832年)、江戸日本橋四日市で治療を始めたことが、吉田流あん摩術の起点とされます。

二代・吉田久庵(1836〜1896)の時代に、吉田流は晴眼者のあん摩として広まりました。視覚障害者を中心とする杉山流との間で職域をめぐる衝突が起こり、文久元年(1861年)頃、南町奉行所は、晴眼者の按摩者は路上で客を拾うのではなく、病人の招きに応じて出向くため、盲人按摩の妨げにはならない、という趣旨の判断を示したと伝えられます。これにより、吉田流は晴眼者の臨床あん摩としての位置づけを強めていきました。

三代・吉田久庵(1879〜1946)の時代には、吉田流は近代医学との接点を持つようになります。三代は慈恵医専(現在の東京慈恵会医科大学)で解剖学・生理学などを学んだのち、家業を継いだとされます。

吉田流の手技には、どんな特徴がありますか

吉田流あん摩術の大きな特徴は「線状揉み」です。これは、筋線維を弦楽器の弦を弾くようにとらえ、円く揉むのではなく、筋の走行や線維の方向に沿って線的に働きかける揉み方です。また、肘を用いて揉む「肘揉み」も、吉田流を象徴する手技の一つとされます。東京医療福祉専門学校も、吉田流あん摩術の特徴として「線状揉み」と「肘揉み」を挙げています。

吉田流は、現代にどう受け継がれていますか

戦後、吉田流は三代で途絶える危機を迎えました。しかし、三代門下の平川荘作がその継承を志し、昭和25年(1950年)、東京都中央区八丁堀に東京マッサージ師養成所を創設します。これが現在の東京医療福祉専門学校につながり、同校は現在も吉田流あん摩術を継承する教育機関として位置づけられています。

流派名吉田流あん摩術
源流杉山流(杉山和一)・石坂宗哲の系譜
起こり天保3年(1832年)江戸日本橋四日市・初代 吉田久庵(1803〜1856)
系譜初代(1803〜1856)→ 二代(1836〜1896)→ 三代(1879〜1946)→ 平川荘作
代表的な手技線状揉み・肘揉み
現代の継承機関東京医療福祉専門学校(前身:1950年創設 東京マッサージ師養成所)
三原崇司の修得東京医療福祉専門学校 本科 教員養成科

治療院みはらの施術にどう生きていますか

吉田流あん摩術は、治療院みはらの施術に直接生きています。修得したのは、東京医療福祉専門学校 本科 教員養成科でのことです。

核にあるのは、経絡に響かせ、全身の調律を行うこと。強く押し込むのではなく、線に沿って経絡に響かせ、からだ全体のバランスを整えていきます。そして、その経絡を自分で響かせるためのセルフケアが「ニョロゆる操法(経絡促通操法)」です。施術室での手技と、ご自身で続けるセルフケアが、同じ原理でつながっています。

吉田流あん摩術の意義は、三つに整理できます。第一に、杉山流・石坂宗哲の系譜を受けながら、晴眼者のあん摩術として独自化したこと。第二に、蘭方医学・鍼灸・導引・按摩を統合し、江戸後期の臨床技術として発展したこと。第三に、明治・大正・昭和を経て、戦後の学校教育のなかに継承され、現代のあん摩マッサージ指圧教育へと接続されたこと。皮膚・筋・腱・骨格の奥行きを手で読み、からだの線に沿って働きかける、日本の手技療法の身体知です。